ニュースの概要
欧州ではSNS、クラウド上の写真、電子メール、暗号資産、広告収入のある動画チャンネルといったデジタルの持ち物について、亡くなった後の扱いが国ごとにばらばらである。同じ欧州の中でも、故人のアカウントを家族が引き継げる国もあれば、事業者の規約が優先されて何も残らない国もある。この状況を整理するため、欧州法学研究所がデジタル遺産に関する包括的なモデルルールを承認した。案の核心は二分法である。暗号資産、ドメイン、収益を生むチャンネルなど経済的な価値を持つものは通常の相続財産として扱う。一方、メールやチャット、家族写真のような私的なデータは所有権ごと相続させず、相続人に一定期間のアクセス権を与えるにとどめる。
引用元: 欧州でデジタル遺産のモデルルール、経済的資産と個人データを区分(EU Perspectives)
分析・見解
財産は相続し、思い出はのぞき見させない二分法
モデルルールの最大の特徴は、デジタルのものを一括りにしなかった点にある。暗号資産やドメイン名、広告収入を生む動画チャンネルは、現金や不動産と同じく金額に換算できる。だから相続人が丸ごと引き継ぐ。これは直感的に分かりやすい。
難しいのは、メールやチャット、家族写真である。紙の日記や手紙は、遺品として相続人の手に渡るのが普通だった。しかしメールには、故人本人だけでなく、やり取りした第三者の私生活や仕事の秘密も含まれる。そこで所有権は渡さず、一定期間だけ中身を見られる権利にとどめた。遺品整理のために開ける。ただし持ち続けたり売ったりはできない。この線引きは、財産権と通信の秘密の折衷案として筋が通っている。
国ごとのばらつきが生む宝くじのような不公平
元記事は現状を宝くじにたとえている。実際、ドイツでは2018年に連邦通常裁判所が、亡くなった少女のFacebookアカウントへの親のアクセスを認めた。口座の相続と同じ扱いにしたのである。一方、事業者の側は長年、利用規約で譲渡不可やアカウント削除を定め、国によっては規約が優先されてきた。米国ではGoogleの非活性アカウント管理機能やFacebookの追悼アカウントのように、事業者の自主制度が先行している。
つまり同じ家族でも、どの国に住み、どの事業者を使っていたかで結果が変わる。相続人が複数の国に散らばる時代には、これは重い問題である。モデルルールは、各国の立法が参照できる共通の物差しを用意する役割を持つ。
拘束力がないモデルルールの現実的な効き方
欧州法学研究所のモデルルールそのものに法的拘束力はない。それでも影響力は小さくない。同研究所の過去の成果は、各国の立法や裁判所の判断で参照されてきたからである。EU域内の条約改正や統一指令に進むには、年単位の時間がかかるだろう。
見落とされがちな論点が一つある。アクセス権を与える期間と、その間に誰がデータを取り出すかである。事業者がデータの書き出し機能を整えなければ、権利は絵に描いた餅になる。実際に動くのはプラットフォーム側の設計だ。日本でも、死後の扱いを法律で定めた例はほとんどなく、同じ議論がいずれ必要になる。
暗号資産では技術と法律の時間差が最も大きい
暗号資産は、法律上は相続できても、秘密鍵が分からなければ誰も動かせない。事業者が預かる取引所口座なら相続手続きが取れる。自己管理の財布では、鍵を失えば価値ごと消える。法的に相続対象と決めるだけでは足りず、生前の準備が結果を左右する。
ビジネスへの影響
自社サービスの死後対応を設計し直す好機
SNSやクラウド、メール、会員制サービスを提供する企業は、死亡時の手続きを持っているかを点検したい。想定される問い合わせは三つある。アカウントの閉鎖、データの書き出し、収益の引き継ぎである。経済価値のあるものと私的データを分けて扱う考え方は、社内の規約や窓口の対応フローにそのまま使える。特に遺族への開示は、期間を区切ったアクセス権として設計すると、個人情報保護との両立がしやすい。
欧州向けにサービスを出している日本企業も無関係ではない。各国の法改正が進めば、規約の見直しを迫られる可能性がある。今のうちに手順書だけでも用意しておくと、後の負担は小さい。
個人と経営者が今日できる備え
実務では、財産の棚卸しが先である。ドメイン、広告収益のあるチャンネル、暗号資産、サブスクの契約を一覧にする。次に、鍵やパスワードの保管場所を信頼できる人にだけ伝わる形で残す。紙の封書、金庫、各社の死後アクセス機能のいずれでもよい。
中小企業の経営者は特に注意が必要である。会社のドメインや公式アカウントが個人名義だと、急逝した際に事業が止まる。名義を法人に移し、複数人が管理できる状態にしておくことが、最も費用のかからない事業継続策である。