REPORT 05

法制度とデジタル遺産相続

暗号資産税制の転換点——制度が追いかける「データの相続」最前線

本レポートでは、デジタル遺産の相続を巡る法制度と実務の現状を報告します。ネット銀行・ネット証券・暗号資産といったデジタル資産は民法上の相続財産に含まれる一方、その把握と承継の手続きは制度が実態に追いついていない領域です。2025年12月の税制改正大綱で決まった暗号資産の申告分離課税への移行は、デジタル資産の制度的な位置づけが大きく動き始めたことを示す転換点となりました。事業者が押さえるべき制度の現在地を整理します。

まず基本原則として、金銭的価値を持つデジタル資産は相続の対象になります。ネット銀行の預金債権、ネット証券の株式・投資信託、暗号資産、FX口座の証拠金などは、通帳や紙の証書が存在しなくても、被相続人の死亡と同時に相続人へ承継されます。相続税の課税対象にも当然含まれ、把握漏れは申告漏れとして加算税等のリスクを生みます。

一方、SNSアカウントやメールアカウント、クラウド上のデータについては事情が異なります。これらは各プラットフォームとの契約(利用規約)に基づく利用権であり、多くの規約は「アカウントの一身専属性」を定めて相続や譲渡を認めていません。つまり「データの中身に財産的・人格的価値があっても、アクセスする権利は相続できない」という非対称性が生じます。海外プラットフォームの追悼アカウント機能や故人アカウント管理人の指定機能は、この非対称性への実務的な回答として位置づけられます。

暗号資産税制の転換──2025年12月税制改正大綱

制度面の最大のニュースは、暗号資産の課税方式の変更です。2025年12月に決定された与党税制改正大綱において、一定の要件を満たす暗号資産の譲渡益について、従来の総合課税(最高55%)から株式等と同様の申告分離課税(20.315%)へ移行する方針が盛り込まれました。これは暗号資産を投機的な「雑所得の源泉」から、株式や投資信託と並ぶ「金融資産」として制度上位置づけ直す動きであり、相続実務にも大きな影響を及ぼします。

相続の観点では、従来から「相続した暗号資産を売却して納税資金に充てると、含み益に高率の所得税がかかり、相続税と合わせた負担が過大になる」という問題が指摘されてきました。分離課税への移行はこの負担構造を緩和し、暗号資産を保有したまま相続を迎えることへの現実的な備え──取引所口座の生前共有、秘密鍵の承継計画、遺言への明記──を促す効果が期待されています。金融機関や税理士業界では、デジタル資産を含む相続対策サービスの整備が加速しています。

制度動向のタイムライン

デジタル遺産に関わる近年の制度・公的動向を時系列で整理します。

2021年〜 デジタル改革関連法 行政手続きの デジタル化が進展 2024年11月 国民生活センター 「デジタル終活」を 正式に注意喚起 2025年12月 税制改正大綱 暗号資産の申告分離 課税への移行を決定 2026年〜 業界基準の整備 デジタル遺品取扱い ガイドラインが本格化 デジタル遺産・デジタル遺品を巡る主な制度・公的動向(当サイト整理)
図1:制度動向のタイムライン。消費者保護、税制、業界自主基準の三方向から制度化が進んでいます。

資産種類別の法的扱いと実務

デジタル遺産は種類ごとに準拠する制度と手続きが異なります。実務上の要点を以下の表に整理しました。

表1:デジタル資産・契約の種類別に見る相続時の扱い(一般的な整理。個別事案は専門家への確認が必要です)
種類 相続の可否 主な手続き・実務上の論点
ネット銀行預金 相続財産に含まれる 残高証明の取得と解約・払戻し。口座の存在把握が最大の関門
ネット証券口座 相続財産に含まれる 相続人名義口座への移管が原則。取引履歴の確認に時間を要する
暗号資産 相続財産に含まれる 取引所口座は各社の相続手続きに従う。個人ウォレットは秘密鍵がなければ事実上承継不能。税制は分離課税へ移行方針
電子マネー・ポイント 規約により異なる 相続を認めるもの、失効するものが混在。規約確認が必須
サブスク契約 契約は相続されない(解約が必要) 死亡後も課金は自動停止しない。契約の特定と解約代行に需要
SNS・メールアカウント 原則相続不可(一身専属) 追悼アカウント化・削除申請など各社所定の手続きによる
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デジタル遺産相続の実務フロー

士業や金融機関の実務では、デジタル遺産の相続はおおむね次の手順で進められます。各段階が支援サービスの提供ポイントになっています。

資産・契約の調査 端末・メール・カード明細・郵送物から、口座と契約の全体像を洗い出します。
財産目録への反映 判明したデジタル資産を評価し、財産目録と遺産分割協議に組み込みます。
各社への相続手続き 金融機関・取引所ごとに所定の書類を提出し、払い戻し・移管を行います。
相続税申告 暗号資産等を含めて申告。後日判明した資産は修正申告の対象になります。
契約・アカウントの後始末 サブスク解約、アカウントの追悼化・削除、端末データの消去を完了させます。

個人情報保護と「死者のデータ」の空白

制度の空白として業界が注視しているのが、死者のデータの法的な位置づけです。個人情報保護法が保護の対象とするのは生存する個人の情報であり、故人のデータは原則としてその適用外になります。もっとも、故人の情報が遺族など生存者の情報と結びつく場合には保護が及ぶことがあり、また事業者が故人データを取り扱う際の社会的な期待水準は法律の最低線よりはるかに高いのが実情です。デジタル遺品を預かる事業者には、法的義務の有無にかかわらず、生前同意の取得、目的外利用の禁止、消去の証明といった自主的な保護水準の設定が求められます。海外では死後のデータ権やデジタル遺産へのアクセス権を立法化する例も現れており、国内でも将来の法整備を見据えたコンプライアンス設計が、事業の持続性を左右する論点になっています。

生前の法的備え──遺言・死後事務委任・任意後見

デジタル遺産の承継を確実にする生前の法的手段としては、遺言、死後事務委任契約、任意後見契約の三つが実務の柱になっています。遺言は財産の帰属を決める基本手段であり、デジタル資産についても「どの口座・資産を誰に相続させるか」を明記することで、承継の法的根拠を明確にできます。2020年から始まった法務局による自筆証書遺言の保管制度は、遺言の紛失・改ざんリスクを解消する仕組みとして利用が伸びており、デジタル資産の一覧を財産目録として添付する実務も広がっています。

死後事務委任契約は、葬儀や行政手続き、サービスの解約といった「財産の帰属以外の事務」を第三者に委ねる契約で、単身高齢者の増加を背景に需要が急拡大しています。デジタル分野では、SNSアカウントの削除、サブスクリプションの解約、データの消去といった「デジタル死後事務」を明示的に盛り込む契約が新しい標準になりつつあり、士業や信託会社がこれを商品化しています。任意後見契約は判断能力の低下に備える制度ですが、認知症の進行によりデジタル資産へのアクセスが本人にも家族にもできなくなる「生前のデジタルロック」問題への備えとして、デジタル終活と一体で語られることが増えています。

これら三つの制度はいずれも「本人が元気なうちの契約」を前提とするため、金融機関・士業・終活サービス事業者にとっては、生前接点の獲得競争と直結しています。制度の存在と実際の利用率の間には依然大きな開きがあり、その開きを埋める啓発・導線設計そのものが事業機会になっています。

制度動向が示す事業機会

実務の現場では、相続税調査におけるデジタル資産の把握強化も重要な変化です。税務当局は金融機関への照会や取引所からの情報収集を通じてネット口座・暗号資産の捕捉を強めており、「見つからないから申告しない」という消極的な対応は通用しなくなりつつあります。相続人が故人のデジタル資産を過失なく把握できなかった場合でも、後日発見されれば修正申告と加算税の負担が生じるため、生前の資産一覧の整備は納税リスク管理の観点からも合理的な行動になっています。士業にとっては、デジタル資産の調査手順を業務フローに標準搭載することが、依頼者保護と自らの責任回避の両面で必須になったと言えます。

制度の現状から導かれる事業機会は明確です。第一に、「調査」の外部化需要です。デジタル資産の把握は法律上の権利があっても技術的に困難であり、士業・金融機関・専門事業者が連携した調査サービスは今後も需要が拡大します。第二に、「生前登録」の制度化・サービス化です。金融機関による家族への口座情報の生前共有制度、公的な死亡情報との連携によるワンストップ手続きなど、制度と民間サービスの隙間を埋める仕組みには大きな余地があります。

第三に、暗号資産の分離課税移行に象徴されるように、デジタル資産が「正規の金融資産」として制度に組み込まれる流れは不可逆であり、相続・信託・保険といった伝統的な金融商品にデジタル資産対応を組み込む動きが本格化するとみられます。制度の変化は市場の変化の先行指標です。関連してデジタル遺品の課題と実態企業参入動向とビジネスモデルもあわせてご参照ください。なお、本レポートは一般的な情報の整理であり、個別の法律・税務判断については専門家の助言が必要です。

制度整備のスピードは、社会課題の深刻度に比例して加速します。年間160万人が亡くなり、その大半が何らかのデジタル資産・契約を残す時代において、デジタル遺産の承継ルールはもはや一部の先進的なテーマではなく、相続制度の中心的な論点になりつつあります。消費者保護、税制、業界自主基準の三方向から進む制度化の行方を継続的に追うことが、この市場に関わるすべての事業者に求められています。