REPORT 02

デジタル遺品の課題と実態

相談件数は8年で約3倍——「見えない資産と契約」が生む社会課題の現在

本レポートでは、デジタル遺品を巡って実際に何が起きているのかを整理します。スマートフォンのロックが解除できない、故人のネット銀行・ネット証券口座が把握できない、サブスクリプションの請求が止められない──。国民生活センターへの関連相談は8年間で約3倍に増加し、2024年11月には「デジタル終活」が正式な注意喚起テーマとなりました。課題の構造を知ることは、この市場でサービスを設計するうえでの出発点です。

デジタル遺品とは何か──定義と範囲

デジタル遺品とは、故人が残したデジタル形式の資産・データ・契約の総称です。大きく分けると、①金銭的価値を持つ「デジタル資産」(ネット銀行・ネット証券の口座、暗号資産、電子マネー、ポイント、マイレージなど)、②継続課金が発生する「デジタル契約」(動画・音楽配信、クラウドストレージ、有料アプリなどのサブスクリプション)、③思い出や個人情報としての「デジタルデータ」(写真、動画、メール、SNSアカウント、ブログ)、④それらへの入口となる「デバイスと認証情報」(スマートフォン、パソコン、ID・パスワード、生体認証)の4つに整理できます。

従来の遺品と決定的に異なるのは、「存在自体が外から見えない」ことです。紙の通帳や権利証であれば遺族が家捜しをすれば見つかりますが、ネット専業銀行の口座は郵送物がほとんどなく、スマートフォンのロックが解除できなければ、その存在を推測する手掛かりすら得られません。デジタル遺品問題の本質は、資産や契約の「不可視性」にあると言えます。

相談件数は8年で約3倍──社会課題化の経緯

デジタル遺品に関する消費生活相談は一貫して増加しています。国民生活センターによれば、デジタル遺品に関連する相談件数は8年間で約3倍に増えており、同センターは2024年11月、「今から考えておきたい『デジタル終活』──スマホの中の“見えない契約”で遺された家族が困らないために」と題した注意喚起を公表しました。独立行政法人がデジタル終活を正式な消費者啓発テーマとして掲げたのはこれが初めてであり、業界にとっては課題の社会的認知が一段階進んだ画期となりました。

0 80 160 240 320 100 145 190 245 280 300 2016 2018 2020 2022 2023 2024 デジタル遺品関連の相談件数の推移イメージ(2016年度=100の指数)
図1:デジタル遺品関連相談の増加イメージ。「8年間で約3倍」という国民生活センターの公表傾向を2016年度=100として指数化した概念図です。

相談内容の典型は、「亡くなった家族のスマホのロックが解除できず、契約や資産が分からない」「故人のサブスクリプションの請求がクレジットカードに続いている」「ネット証券に口座があるらしいが手掛かりがない」といったものです。背景には、金融・契約のオンライン化が急速に進んだ一方で、それを家族と共有する習慣や仕組みが追いついていないという構造的なギャップがあります。

課題領域別に見る実態

デジタル遺品の課題は、資産・契約の種類ごとに性質が異なります。以下の表に、主要な課題領域と遺族への影響を整理しました。

表1:デジタル遺品の課題領域別整理(当サイト作成)
課題領域 典型的な問題 遺族・相続への影響
スマホのロック パスコード不明で解除不能。メーカーや通信キャリアも原則解除に応じない すべてのデジタル遺品調査の入口が閉ざされ、解析専門業者への依頼は高額化
ネット銀行・ネット証券 郵送物がなく口座の存在自体を把握できない。相続手続きの起点が作れない 資産の申告漏れ、相続税の修正申告リスク、遺産分割のやり直し
暗号資産・FX 秘密鍵・ログイン情報が不明だと事実上引き出せない。価格変動リスクも継続 資産消失の可能性。把握できても納税資金の確保が課題に
サブスクリプション 死後も自動課金が継続。契約先の特定と解約手続きが煩雑 数百円〜数千円の課金が長期間続き、累計で大きな負担に
SNS・写真データ アカウントの扱いが各社の利用規約次第。放置すると乗っ取りや悪用の恐れ 思い出のデータを取り出せない。故人アカウントの不正利用リスク

最大の関門──スマートフォンのロック解除

課題の中でも特に深刻なのが、スマートフォンのロック解除です。近年の端末は強固に暗号化されており、正しいパスコードなしでデータへアクセスすることは技術的にも法的にも極めて困難です。入力を一定回数間違えるとデータが初期化される設定もあり、遺族が安易に試行することはリスクを伴います。専門業者による解析サービスは存在するものの、費用は数万円から数十万円に及び、成功が保証されるわけでもありません。「生前にパスコードを何らかの形で家族へ引き継いでおく」ことが最も確実な対策とされるのはこのためであり、デジタル終活サービスの多くがこの一点を設計の中心に置いています。

遺族が直面する典型的な流れ

デジタル終活が行われていなかった場合、遺族は概ね次のようなプロセスをたどることになります。各段階で時間的・金銭的・心理的コストが発生し、これがそのまま支援サービスの需要地図になっています。

デバイスの確保とロックの壁 スマホ・PCを確保するもロックが解除できず、調査が初手から停滞します。
資産・契約の手掛かり探し 郵送物、メール、カード明細などから口座やサブスクの存在を推測します。
各事業者への照会・死亡手続き 金融機関・通信会社・サービス各社へ個別に連絡し、必要書類を揃えます。
相続手続きへの反映 判明した資産を遺産分割・相続税申告に反映。後から見つかればやり直しです。
データ・アカウントの整理 写真等の取り出し、SNSの追悼設定や削除、デバイスのデータ消去を行います。

この一連の流れには、士業(相続手続き)、遺品整理業(デバイスの物理的整理)、IT事業者(データ解析・消去)、そして各プラットフォーム(アカウント対応)と、性質の異なる複数のプレーヤーが関わります。遺族から見ると窓口が分散しており、ワンストップ化への需要が強いことが、後述する事業者間連携やプラットフォーム型サービスの成長余地につながっています。

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見落とされがちな「思い出データ」の問題

金銭的な課題と並んで相談が多いのが、写真・動画・メッセージといった思い出データの取り扱いです。かつて家族写真はアルバムとして家庭に残りましたが、現在はスマートフォンとクラウドの中に集約されており、アクセスできなければ家族の記録が丸ごと失われることになります。故人の子育て記録や旅行の写真を取り出せないという相談は、金銭被害がないため統計に表れにくいものの、遺族の心理的な喪失感は深刻です。逆に、故人が「見られたくない」と考えていたデータが無防備に閲覧されてしまう問題もあり、残すものと消すものを生前に仕分けるニーズは、金銭管理とは独立した市場を形成しつつあります。写真整理代行、クラウドアルバムの家族共有設定支援、デジタルアルバム化サービスなどは、この情緒的な需要に応えるものです。

プラットフォーム各社の死後対応機能

課題の受け皿として、プラットフォーム事業者自身による死後対応機能の整備も進んでいます。海外大手では、SNSアカウントを削除せずに残す「追悼アカウント」への移行機能、生前に管理を委ねる相手を指定する「追悼アカウント管理人」や「アカウント無効化管理ツール」、死亡後に指定した家族がデータへアクセスできる「故人アカウント管理連絡先」といった仕組みが標準機能として提供されるようになりました。スマートフォンOSのレベルでも、デジタル遺産プログラムとして故人のクラウドデータへのアクセス申請の仕組みが整備されています。

ただし、これらの機能には二つの限界があります。第一に、いずれも「生前の設定」が前提であり、設定率は依然低水準にとどまることです。機能が存在しても使われなければ課題は解消せず、設定を促す啓発やサポートが引き続き必要です。第二に、対応の水準がプラットフォームごとにばらばらで、国内サービスには死後対応の窓口自体が明確でないものも少なくないことです。遺族は数十のサービスと個別に交渉する負担を負い続けており、この分散こそが専門サポート事業の存在理由になっています。

国内では、通信キャリアや金融機関が生前登録型のサービス──緊急連絡先や口座情報を家族と共有する仕組み──を拡充し始めており、プラットフォーム側の対応と民間サポートの間を埋める動きとして注目されます。

課題の構造が示すビジネスへの示唆

以上の実態から、事業者にとって重要な示唆が三つ導かれます。第一に、課題の中心は「技術」ではなく「事前の情報共有の欠如」にあるということです。ロック解除の技術的困難は今後も緩和されない前提で、生前対策(デジタル終活)を促す仕組みこそが最大の市場になります。エンディングノートのデジタル版、ID・パスワードの安全な保管・承継サービス、金融機関による生前登録制度などがこれに当たります。

第二に、死後対応の市場は「調査・解析」「手続き代行」「データ消去」の3類型に分かれ、いずれも専門性と信頼性が参入障壁になるという点です。故人の最もプライベートな情報を扱うため、セキュリティ体制や倫理規範が事業の成否を左右します。第三に、相談件数の増加傾向が示すとおり課題の認知はまだ拡大局面にあり、啓発・教育そのものが金融機関や自治体との連携ビジネスとして成立し始めていることです。課題の深刻さは、そのまま市場の成長余地を意味しています。業界全体の構造についてはサービス事業者と業界構造で、制度面の論点は法制度とデジタル遺産相続で詳しく報告します。