本レポートでは、デジタル終活・デジタル遺品業界の市場規模と成長構造を整理します。遺品整理市場は直近5年で約2.2倍に拡大し、終活・葬儀・供養のデジタル化を担うデステック(DeathTech)関連の国内市場は1兆円台後半で推移しています。この分野への参入や協業を検討するビジネスユニットに向けて、市場を規定する基礎データと関連市場の全体像を報告します。
市場を規定する三つの数字
デジタル終活・デジタル遺品業界を理解するうえで、まず押さえるべき数字は三つあります。第一に「年間死亡者数約160万人」です。日本の死亡者数は2003年に100万人を超えて以降増加を続け、現在は約160万人という歴史的な高水準にあります。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、死亡者数は2040年頃に約167万人でピークを迎えるとされており、いわゆる多死社会は少なくとも今後15年にわたって続く構造的なトレンドです。
第二の数字は「遺品整理市場の直近5年で約2.2倍」という成長率です。故人の住まいや持ち物を整理する遺品整理サービスは、核家族化と単身高齢世帯の増加によって家族だけでは対応しきれないニーズが顕在化し、専門事業者への外部委託が一般化しました。市場は5年間でおよそ2.2倍に拡大したと推計されており、リユース・リサイクル、特殊清掃、不動産売却支援などの周辺市場を巻き込みながら裾野を広げています。
第三の数字は「デステック国内関連市場1兆円台後半」です。デステックとは、死(Death)にまつわる産業にテクノロジー(Technology)を導入する分野の総称で、葬儀のオンライン化、供養・霊園管理のデジタル化、エンディングノートのアプリ化、デジタル遺品の整理支援などが含まれます。葬祭関連産業がもともと持つ市場規模に、DXによる新サービスが上乗せされる形で、関連市場は1兆円台後半で推移すると見込まれています。
遺品整理市場──5年で2.2倍の背景
遺品整理市場が短期間でこれほど拡大した背景には、需要と供給の両面の変化があります。需要面では、2025年に後期高齢者人口が約2,180万人に達し、単身高齢世帯の増加によって「遺品を整理する担い手が家族の中にいない」ケースが急増しました。相続人が遠方に住んでいる、高齢の配偶者しかいない、あるいは相続人自体が存在しないといった状況では、専門事業者への委託が事実上唯一の選択肢となります。
供給面では、リサイクル業、便利屋、引越業、清掃業など隣接業種からの参入が相次ぎ、事業者数が大幅に増加しました。遺品整理士などの認定資格の普及により、サービス品質の標準化と社会的信頼の獲得が進んだことも、市場拡大を後押ししています。単価面でも、従来の「物品の処分」にとどまらず、貴重品捜索、デジタル遺品の取り扱い、家屋の原状回復、不動産処分支援までを含む複合サービス化が進み、1件あたりの受注額が上昇する傾向にあります。
注目すべきは、この市場の中で「デジタル遺品対応」が新たな付加価値領域として確立しつつある点です。故人のスマートフォンやパソコンの取り扱い、データの適切な消去、アカウント情報の遺族への引き継ぎ支援などは、従来の遺品整理の枠を超えた専門性を要求します。この専門性こそが、IT企業や士業など異業種が本市場に参入する接点になっています。
デステック関連市場──1兆円台後半の構造
デステック関連の国内市場が1兆円台後半とされるのは、既存の葬祭関連産業の市場規模を土台として、そのデジタル化・周辺サービス化が積み上がっているためです。葬儀業だけでも国内市場規模は1兆円を超える水準にあり、これに墓石・霊園、仏壇仏具、供養サービス、相続関連サービス、遺品整理、そして近年のデジタルサービス群が加わります。
デステックの範囲は広く、葬儀のライブ配信やオンライン参列、クラウド型の葬儀施行管理システムといった「葬祭事業者向けDX」から、納骨堂の自動搬送システムやデジタル墓参といった「供養のDX」、エンディングノートアプリやデジタル遺言保管といった「終活のDX」、さらにAIによる故人の再現やデジタル追悼空間といった「メモリアルのDX」まで、少なくとも4つの層に整理できます。従来型の産業構造が長く残ってきた分野であるだけに、デジタル化の余地は大きく、市場は当面拡大の一途をたどると見込まれています。
需要の源泉──多死社会の人口動態
この業界のあらゆるサービスの需要を規定するのは人口動態です。年間死亡者数は2024年に約161万人となり、戦後最多の水準を更新し続けています。推計では2040年頃に約167万人のピークに達し、その後も2070年頃まで150万人超の高水準が続くとされています。つまり、本業界は「今後15年以上にわたり需要の総量が減らないことがほぼ確実な、数少ない国内市場」だと言えます。
死亡者数の増加は、葬儀、供養、遺品整理、相続手続きといった「亡くなった後」のサービス需要を直接押し上げます。同時に重要なのは、亡くなる世代のデジタル化率が年々上昇していることです。現在の60代はスマートフォン保有率9割超、ネットバンキングやキャッシュレス決済の利用も一般化した世代であり、この世代が後期高齢期を迎える2030年代には、「デジタル資産・契約を一切持たない故人」はむしろ少数派になります。需要の量(死亡者数)と質(デジタル化率)の両方が拡大するのが、本市場の最大の特徴です。
関連市場マップ──どこにビジネスが生まれているか
デジタル終活・デジタル遺品を中心に据えると、その周囲には性格の異なる複数の市場が同心円状に広がっています。以下の表は、主要な関連市場を「中核」「隣接」「基盤」の3層に整理したものです。
| 層 | 市場・サービス領域 | 主なサービス例 | 市場の性格 |
|---|---|---|---|
| 中核 | デジタル遺品整理・デジタル終活支援 | スマホ・PCデータの調査と整理、アカウント承継支援、デジタルエンディングノート | 成長初期。専門性が高く単価も上昇傾向 |
| 隣接 | 遺品整理・特殊清掃 | 住居の遺品整理、買取・リユース、原状回復 | 5年で約2.2倍。参入増で競争激化 |
| 隣接 | デステック(葬祭・供養DX) | オンライン葬儀、施行管理SaaS、デジタル墓参、AI追悼 | 1兆円台後半。既存産業のDXが進行中 |
| 隣接 | 相続・士業サービス | 遺言信託、相続手続き代行、暗号資産の相続対応 | 税制改正で変化。金融機関の参入が活発 |
| 基盤 | シニア向けデジタル支援 | スマホ教室、見守りサービス、ID・パスワード管理 | 裾野が広く、入口サービスとして機能 |
市場を後押しするマクロトレンド
人口動態に加えて、いくつかの社会構造の変化が本市場の追い風になっています。まず単身高齢世帯の増加です。65歳以上の一人暮らしは全国で900万世帯規模に迫る勢いで増えており、「亡くなった後の手続きや整理を担う家族が近くにいない」状況が標準化しつつあります。これは遺品整理の外部委託だけでなく、生前の死後事務委任契約、身元保証サービス、見守りサービスといった「家族機能の代替市場」全体を押し上げる要因です。
次に、空き家問題との連動があります。相続を契機に発生する空き家は社会問題化しており、遺品整理は空き家の売却・活用の前工程として、不動産流通業や自治体の空き家対策と接続され始めました。遺品整理から家屋解体・売却支援までを一括で請け負う事業モデルは、1件あたりの取扱高を大きく引き上げています。さらに、行政側でも死亡関連手続きのワンストップ化(おくやみコーナーの設置など)が全国の自治体に広がり、死後手続きの負担が社会的な課題として公式に認知されたことも、民間サービスへの心理的なハードルを下げています。
最後に、環境・リユースの観点も見逃せません。遺品として発生する家財・衣類・電子機器は年間数十万トン規模と推計され、リユース・リサイクル市場との接続は遺品整理業の収益源であると同時に、循環経済の文脈で業界の社会的評価を高める要素になっています。デジタル機器のリユースにおいては確実なデータ消去が前提となるため、ここでもデジタル遺品対応力が事業の質を左右します。
まとめ──業界を読む視点
本業界の市場構造をまとめると、次の3点に集約されます。第一に、需要の総量は人口動態によって2040年頃まで拡大が約束されていること。第二に、遺品整理市場の5年2.2倍という成長が示すとおり、家族機能の外部化が需要を顕在化させ続けていること。第三に、デステック1兆円台後半という規模感は既存産業のDX余地を含んだものであり、テクノロジー企業にとっては「古い産業構造×確実な需要増」という参入好機になっていることです。
一方で、死という極めてセンシティブな領域を扱う以上、価格競争や効率化の論理だけでは成立しない市場でもあります。続くレポートでは、この市場の中核課題であるデジタル遺品の実態、業界構造、技術動向を順に掘り下げていきます。あわせてデジタル遺品の課題と実態、市場予測と将来展望もご参照ください。